日本国憲法にはこうある。

第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

日本国憲法第二十五条

この第一項の「健康で文化的な生活」を国として保障しているのが「生活保護法」による生活保護受給の権利(セイフティーネット)であろう。

この「健康で文化的な生活」とは、アダム・スミスの言葉を借りるとこういうことではないだろうか。

消費財には生活必需品と贅沢品がある。

必需品には、生きていくために必要不可欠なものだけでなく、その国の慣習によって最下層にとってすら、恥をかかないために必要とされているものすべてが入ると考えられる。

・・・

このため、以下では必需品に、生きていくための必要不可欠なものだけでなく、その国の慣習によって最下層にとっても恥をかかないために必要なものを含めている。

それ以外のものはすべて贅沢品に分類する。

国富論第五編第二章第二節第四項その2 消費財に対する税金

ここでいう「最下層にとって」という部分が、生活保護で対象とすべき国民のことであろう。

生活保護は、生活必需品を購入できる額の支給が必要であり、そしてそれで十分である。

そして、生活必需品とは、ただ生きていけるだけの衣食住の物資ではなく、「恥をかかないために必要とされているもの」が含まれるのだ。

おそらく、アダム・スミスが何度か言及する「利便品」というものではなかろうか。

すなわち、日本国憲法第二十五条でいう、「健康で文化的な生活」を送るための「生活保護」には、「生活必需品」として「利便品」も含まれるのだ。


生活保護のための利便品とは

この「恥をかかないために必要とされているもの」とされる「利便品」にはどのようなものがあるのだろうか。

これは、社会の発達と密接に関わっており、常に変化しているものと思われる。

例えば、「スマートフォン」はなくても生きていけるだろうが、もはや利便品として生活必需品に含まれると思う。

また、女性にとっての化粧品は、「恥をかかないために必要とされる」最低限の「利便品」なのかもしれない。


生活保護の現物支給

「生活保護を現物支給に」という議論が散見されることがある。

しかし、現代社会が多様性に富んでおり、国民一人ひとりの価値観とその生活スタイルが千差万別であることはは誰もが認める事実であろう。

そうすると、現実的に何が「生活必需品」であり何が「利便品」で必要となるのか、ということに思いをめぐらせば、おそらく生活保護としての現物支給は「不可能」であると言わざるを得ない。

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