ダヌィーロ・ロマーノヴィチ(ルーシー王)
https://ja.wikipedia.org/wiki/ダヌィーロ・ロマーノヴィチ
https://en.wikipedia.org/wiki/Daniel_of_Galicia
1199年から1349年の間に現在の西ウクライナを中心として存在したリューリク朝のルーシ系国家、ハールィチ・ヴォルィーニ大公国(ルーシー王国)の王、初の全ルーシの王(在位:1253年 – 1264年)である。
ルーシ年代記においては、「ソロモン(旧約聖書に登場する古代イスラエル王)に次ぐ人」として謳われている。
1223年、モンゴル帝国と敵対し、カルカ河畔の戦いに参加して敗れたが、1230年代末までに、彼はルーシを統一する計画を立て、東方にあったトゥロヴ・ピンスク公国とキエフ大公国を領内に加え、キエフ大公となった。
1240年にモンゴル人はキエフ大公国を滅亡させた(モンゴルのルーシ侵攻)。
しかし、1245年、ヤロスラヴの戦い(ウクライナ語版、ロシア語版、ポーランド語版)においてダヌィーロの軍勢はハンガリー・ポーランド・ハールィチ公国の連合軍に大勝利し、