日本社会は、もしかしたら「就職」とは「就社」が当然と考えているのかもしれない。

日本会社の労働スキルは、「企業特殊」と言われる。

つまり、その会社でしか通用しない特殊な「スキル」を「就社」することによって習得していく。

「企業特殊」なスキルは「就社」しないと習得するのは無理というごもっともな話。

転職の面談の笑い話

「あなたのスキルはなんですか?」

「部長です」

「では、あなたは当社で何ができますか?」

「部長ができます」

豊作の年には、雇い主のもとを離れ、自分で働いた稼ぎで生活できると考える使用人が多くなる。

これは食料品が安いためだが、同じ理由で、雇い主は人を雇うのに充てられる資金が増えるので、従業員を増やそうとする。

だが、人が自分のために働くときの方が、他人に雇われて働くより怠惰になるものだと考えるのは、いかにも馬鹿げている。

貧しい自営の人は、出来高で働く人よりも一般に勤勉だ。

自営なら働いた分が全て自分のものになるが、雇われであれば雇い主と分け合う。

国富論第一編第八章

「就職」とは「雇用されること」を前提としていないか。

「サラリーマンは気楽な家業ときたもんだ」(by 植木等)

奴隷は自由人よりも気楽だったのかもしれない

奴隷が病気や怪我で働けなくなれば主人の経費負担になるが、自由人の場合には本人の負担になると言われている。

・・・このため、自由人の場合もやはり雇い主が経費を負担することになるが、奴隷の場合よりも経費負担は一般に少ない。

・・・・どの国のどの時代の事実を見ても、自由人の仕事の方が奴隷の仕事よりも結局は安くついていると思える

国富論第一編第八章

女性にとって「結婚は永久就職」などと考える時代があったが、よく考えてみると怖い話。

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