ドゥシークすごいぜ!

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ドゥシークすごいぜ!

https://ja.wikipedia.org/wiki/ヤン・ラディスラフ・ドゥシーク

https://en.wikipedia.org/wiki/Jan_Ladislav_Dussek

https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_compositions_by_Jan_Ladislav_Dussek

ロンドンでも演奏家としてのキャリアが開花し、ハイドンから大絶賛された。ハイドンは、自分とドゥシーク作品を目玉にしたザロモン演奏会のあと、ドゥシークの父親に熱のこもった手紙を送った。

作曲家として以外にドゥシークが音楽史上で重要なのは、ピアノの「英国式アクション」を開発したジョン・ブロードウッドと親交があったためである。ドゥシークの作品は、当時はやりのピアノには出せない力強さや音域が必要だったので、ブロードウッドに音域と音響の拡大を迫ったのである。その後ブロードウッドのピアノは、ドゥシークの即興曲を付けて、ベートーヴェンの許に送られた。

この時代の音楽界は、ハイドンが親分だったのだろうか、たいてい出てくるところが興味深い。ハイドンがドゥシークを絶賛したということは、ドイツ人にも関わらずのお堅いドイツ古典派音楽(偏見?)だけでなく、世俗的なフランス宮廷音楽(これも偏見?)に対しても理解を示していたということでる。

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ヤン・ラディスラフ・ドゥシーク(Jan Ladislav Dussek, 1760年2月12日 – 1812年3月20日)は、チェコ出身の作曲家、ピアニストです。彼はクラシック音楽の作曲家として、ピアノの技法を大いに発展させた人物として知られています。

生涯と業績

  • 生誕と教育: ドゥシークは、当時オーストリア帝国領であったチェコのČáslav(チャースラフ)に生まれました。彼は早くから音楽の才能を示し、ハンブルクやベルリンなどで音楽教育を受けました。
  • 演奏家としての活躍: ドゥシークはピアニストとしてヨーロッパ各地で活躍し、特にイギリスやフランスで高く評価されました。彼の演奏スタイルは、当時の他のピアニストと比べて非常に表現力豊かで、彼自身が「新しい学校」と呼んだスタイルを確立しました。
  • 作曲活動: ドゥシークは多くのピアノ作品、室内楽作品、そしていくつかのオペラを作曲しました。彼の作品は、当時の古典派音楽の枠組みを超え、ロマン派の萌芽を感じさせるものでした。特にピアノソナタの分野で彼の影響力は大きく、後のベートーヴェンやシューベルトにも影響を与えたと言われています。
  • 晩年: 晩年のドゥシークは経済的な困難や健康問題に直面しましたが、作曲活動を続けました。1812年にフランスで亡くなりました。

ドゥシークの影響

ドゥシークは、ピアノ音楽の発展において重要な役割を果たし、彼の作品は技術的に高度でありながらも、感情表現豊かなものが多いです。彼の音楽は当時の他の作曲家にも影響を与え、特にピアノソナタの形式や表現において、新たな道を切り開きました。

ドゥシークの作品は、現在でもピアニストによって演奏され続けており、その革新的なスタイルは評価されています。

ところで「英国式アクション」のピアノとは、

イタリアのクリストフォリ(1655~1731)が・・・チェンバロの音が強弱の変化に乏しいことを不満に思い、爪で弦をはじいて鳴らす代りにハンマー仕掛けで弦を打って鳴らすという、現在のピアノ・ メカニズムを発明したのが、1709年。 

ドイツのオルガン製作家ジルバーマンに受け継がれ・・・・改良を重ねて 新しいピアノをつくった。 J.S.バッハは、フリードリッヒ大王に献呈されたジルバーマンのピアノを、王の御前で演奏している。(1747年)

ドイツのヨハン・アンドレス・シュタイン(1728~1792)ジルバーマンのピアノのメカニズに新たな改良を加え、ドイツ式もしくはウィーン式と呼ばれるアクションを完成させた。モーツァルト(1756〜1791年)はこのピアノの明るく平均された音色を愛し、多くのピアノ曲を書いた。

イギリスではヨハネス・ツンペが、クラヴィコードの流れを継承して、クラヴィコードにハンマーアクションを装置したスクウェアピアノ を制作した。
そしてこのツンぺの発明したイギリス式アクションに改良を加え、弦の張力を増し、フレームも強いものにしたのが、イギリスのジョン・ブロード・ウッドである。彼のイギリス式アクション(1780年頃)は、抵抗感のあるタッチと力強い音を生み出した。現代のピアノの先駆ともいえるであろう。

晩年のベートーヴェンは、このブロードウッド製のピアノで数々の傑作を書いた。

宮地楽器「ピアノの歴史 ~HISTORY OF PIANO~」

彼はまた、ピアノメーカーのジョン・ブロードウッドとの関係を築き、最初の5 ½オクターブピアノ(FF-c4)の1つを引き渡しました。ブロードウッドは1793年11月13日のビジネスジャーナルで次のように述べています。「過去3年間に約5 ½オクターブのグランドを作りました。これは、Dussekを喜ばせるために最初に、Cramer juniorが気に入っていました。」[31]ブロードウッドとのコラボレーションは、1794年に最初の6オクターブ(CC-c4)ピアノも受け取ったときに実を結び続けました

https://en.wikipedia.org/wiki/Jan_Ladislav_Dussek

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「英国式アクションのピアノ」とは、18世紀から19世紀にかけてイギリスで発展したピアノのアクション(鍵盤から弦を打つまでのメカニズム)の一種を指します。このピアノアクションは、「ブロードウッド式アクション」とも呼ばれ、特にジョン・ブロードウッド(John Broadwood)の工房で開発されました。

英国式アクションの特徴

  1. スムーズな打鍵感:
  • 英国式アクションは、当時の他のアクション、例えばウィーン式アクション(オーストリアやドイツで普及していたもの)と比べて、よりスムーズで安定した打鍵感を提供しました。これにより、ピアニストは強弱の幅広い表現を容易に行うことができました。
  1. 強い音量と耐久性:
  • このアクションは、鍵を押す際の力をより効果的に弦に伝える設計がなされており、音量が大きくなる傾向がありました。さらに、耐久性が高く、当時の演奏会用ピアノとして非常に適していました。
  1. ダブル・エスケープメント機構:
  • 英国式アクションには、後に「ダブル・エスケープメント」と呼ばれる機構が含まれていました。この機構により、鍵を完全に戻さずとも連続して速く打鍵することが可能となり、技術的に高度な演奏が容易になりました。この発明は後にエラール(Erard)によってさらに発展され、現代のピアノに通じるものとなりました。

英国式アクションと音楽史

  • ジョン・ブロードウッド:
  • ジョン・ブロードウッドは、18世紀後半から19世紀初頭にかけて、ロンドンで成功したピアノメーカーでした。彼の工房で開発された英国式アクションのピアノは、特にベートーヴェンが使用したことでも知られています。ベートーヴェンはブロードウッド社からピアノを贈られ、それを非常に気に入っていたと伝えられています。
  • 他のアクションとの比較:
  • ウィーン式アクションは、軽くて繊細なタッチが特徴で、モーツァルトやシューベルトが使用していたピアノに見られます。一方、英国式アクションは力強い音と幅広いダイナミクスが特徴で、より大規模なホールでの演奏に適していました。

影響と発展

英国式アクションは、その後のピアノ製造技術に大きな影響を与え、19世紀後半にはフランスやドイツのメーカーによってさらに改良が加えられました。このアクションは、現代のピアノの設計の基礎となり、今日のピアノのダイナミックな音色と演奏性を支えています。

このように、英国式アクションのピアノは、ピアノの歴史において重要な進化を遂げ、音楽の表現力を拡大するための技術的基盤を提供しました。

「特にベートーヴェンが使用したことでも知られています。ベートーヴェンはブロードウッド社からピアノを贈られ、それを非常に気に入っていたと伝えられています。」

モーツァルトはウィーン式アクションのピアノを使い、ベートヴェンは英国式アクションのピアノを使った。

18世紀末のモーツァルトとベートヴェンのピアノ作品の明らかの違いは使っていたピアノの影響が大きいといえる。

クラシック音楽が、古典派から次世代のロマン派に発展したのは、英国式アクション、言い換えればドゥシーク作品の力強さや音域に必要なピアノが開発されたからともいえそうだ。

大陸のドゥシークとイギリス人のブロードウッドというピアノ技術者の親交なかったら、英国式ピアノは生まれてなかったし、ベートーヴェンも数あるピアノソナタの名曲を生み出すことはなかったのではなかろうか。

ベートーヴェンの大作曲家として成功には、この人の存在が欠かせなかった!

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