使用価値と交換価値
商品は鉄、リンネル、小麦などの如き、使用価値即ち商品体の形で世に現れて来る。
この形は、それらの物のあのままの現物形態である。
然しながら、これらの物は二重物なるが故にのみ、即ち使用対象であると同時にまた価値負担者であるが故にのみ、商品たるのである。
換言すれば、これらの物は現物形態と価値形態との二重形態を有す限りに於いてのみ商品として現れ、又は商品の形を採ることになるのである。
資本論 第一巻第一章第三節 価値形態即ち交換価値
物=二重形態を有する
二重形態とは、使用対象、又は価値対象
使用対象 = 生活必需品又は利便品として、有用労働による「質的な価値」をもつ。
価値対象 = 商品として、その生産のために支出された労働を負担する「量的な価値」をもつ。
「価値」とは、本来、人間の生活に便益を与える「質的な価値」であるべき。
しかし、交換関係においては、物の価値の大きさ、即ち「量」をその基準とする価値尺度が存在する。
使用価値(あるべき真の価値) = 物の形状、極めて種々雑多な要素からなり、価値尺度となりえない
交換価値(交換関係限定の価値)= 物の価値の大きさ、ある共通の要素からなり、価値尺度となり得る
‥‥商品の価値対象性には自然素材の一点一粒もじえられて居らぬ。
されば個々の商品を如何にひねって見ても、それが価値物としてつかみどころのないことに変わりはない。
資本論 第一巻第一章第三節 価値形態即ち交換価値
とはいえ、物の価値の大きさは、それが「自然的」な素材・物質ではなく、「労働」という「社会的」なものである。
結局、物の価値の大きさも、質的な使用価値と同様に「掴み所のないもの」であることに変わりはない。
(我々は)‥‥価値を見出すために、それ(人間労働)をかくまっている商品の交換価値即ち交換関係から出発したのであるが、今また、この価値現象形態に論を戻さねばならぬ。
我々は茲にブルヂォア的経済学に依って未だかつて試みられたことのない一事を成し遂げなければならぬ。
資本論 第一巻第一章第三節 価値形態即ち交換価値
物の価値は、価値形態(価値対象)である「商品」の「交換価値」の研究をしなければならない。
そしてそれは、資本主義経済学において、誰も取り組んだことのない研究である。