18世紀の中国
アダム・スミスの時代(18世紀後半)、中国が交易していたのは日本だけであり、日本以外の国から技術を学ぶ機会がなかった。
このことが(日本も似たようなものであるが)、19世紀の中国(清)の没落と外国勢力の侵略を許す結果となったのだろう。
中国は、 国土がきわめて広く住民がきわめて多く、 地域によって、 気候条件に大きな違いがあるので、 生産物に違いがあり、 かなりの部分で水運を使って、 物資を簡単に輸送できる。
このため、 国内市場がきわめて大きく、 国内市場だけで大規模な製造業を支えられるし、 分業を大幅に進められる状況にある。
おそらく、 中国の国内市場の規模は、 ヨーロッパ各国の市場をすべて合計したものと比べても、 そう見劣りすることはないだろう。
だが、 貿易が広範囲に行われていて、 この広大な国内市場に、 世界全体にわたる外国市場が加わっていれば、 そして、 とくに中国船で貿易が行われていれば、 中国の製造業がさらに大幅に拡大し、 製造業の生産性が、 さらに大幅に向上しなかったはずがない。
世界各国に航海していれば、 他国で使われている機器や道具の使い方と作り方を、 自然に学ぶようになり、 それに限らず、 世界各地で進められている技術と産業の改良を、 自然に学ぶようになるだろう。
中国の現在の政策では、 日本以外の外国から学んで、 国を発展させる機会をほとんどもてない。
国富論第四編第九章