アイルランドとイングランド
https://www.y-history.net/appendix/wh0603_2-057.html#02
https://en.wikipedia.org/wiki/History_of_Ireland
https://ja.wikipedia.org/wiki/アイルランドの歴史
https://en.wikipedia.org/wiki/History_of_Ireland_(1169–1536)
ケルト人のアイルランドは、ブリテン島と違い、ローマの支配も直接は及ばず、ゲルマン民族の大移動期の侵入も受けなかった。
しかし、9~11世紀にはしばしばヴァイキングと言われたノルマン人の侵攻を受けたが、イングランドと異なりノルマン人の王朝(ノルマンコンクエスト)が永続することはなかった。
イングランドは、1066年、ノルマン・コンクエストによってノルマン朝が成立すると、ノルマン人に敗れ去った多くのアングロ・サクソン人たちは貴族たちも含めてイングランドから逃亡し、スコットランド王国やアイルランドの諸王国(英語版)、スカンディナヴィアに亡命した。
1169年、ノルマン人の侵略は、再び島の部分的な征服をもたらし、アイルランドにおける800年以上のイギリスの政治的および軍事的関与の始まった。
1169年から1536年までのアイルランドの歴史(300年以上)は、カンブロ・ノルマン人の到着[1]から、アイルランドの王となったイングランドのヘンリー8世の治世まで、ノルマン人の領主とイングランド王からの交互の支配下にあった期間である。
アングロ=サクソン系・ノルマン系の領主はケルト系ゲール人の土地を奪い土着し、12~13世紀はアイルランドのイギリス化が進んだ。
しかし、14世紀にはゲール系勢力の巻き返し、エドワード三世の治世には、黒死病や百年戦争によるイギリス王権の弱体化もあって、イングランド王権はアイルランドに及ばなくなり、貴族は代官を置いて所領を支配、アイルランドでは独自のアングロ系、ゲール系のいずれにも有力な氏族が成長した。