刑の廃止と免訴
マッカーサー書簡に基づく公務員の労働争議禁止令
【多数意見】原審破棄・免訴
原審の適用した罰則である政令325号は、平和条約発効と同時にその効力を失つたのであるから、犯罪後の法令により刑が廃止された場合にあたるものとして、被告人に対し免訴の言渡をするを相当とする。
真野毅、小谷勝重、島保、藤田八郎、谷村唯一郎、入江俊郎
すでに、平和条約発効と同時に既存の指令等はそのまま確定し、右政令が当時仮りに白地法規の性質をもつていたとしても、その空白はすでに充足せられたのであるから、指令等が合憲なるかぎり、これをわが国法として存続せしめることを妨げる理由とならない。
井上登、栗山茂、河村又介、小林俊三
そこで、本件被告人が違反したと認められた前記指令の内容が合憲であるかどうかを考えて見るに、憲法21条は、基本的人権として言論の自由を保障し、殊にその2項は明らかに検閲を禁止している。
検閲とは公表されようとする言論に対して、官憲がこれを事前に審査しその容認するもののみの公表を許すことである。
しかるに前記指令は、アカハタ及びその同類紙又は後継紙について、これを掲載されようとする記事が国家の秩序を紊り、又は社会の福祉を害するというような理由の有る無しを問わず予じめ全面的にその発行を禁止するものであり、通常の検閲制度にもまさつて言論の自由を奪うのであるから、
憲法21条に違反するものであることは明らかであつて、右政令第325号もまたこの指令に対する違反を罰するかぎりにおいて、憲法に違反するといわなければならない。
【上告棄却説】
刑の廃止があっても一旦成立した刑罰という法的効果は「当然には」消滅しない(免訴されない)
刑の廃止は行為時法によつて発生、成立した刑罰権の放棄であるから、行為時法により刑罰権が一旦有効に発生、成立した以上、行為の後その刑罰権を発生、成立せしめる原因となつた法規が、単に将来に向つて廃止され又は消滅したからといつて、既に発生、成立して終つた既成の法律効果を、同時に放棄、廃止する国家意思の表現がない限り、法律効果そのものが当然消滅する道理がない。
田中耕太郎、霜山精一、斎藤悠輔、本村善太郎
根拠としては、限時法理論。『従前の例による』という文言が入っているのは、刑が廃止されても『刑罰権を放棄しない』という国家の意思表示だからとのこと。
後述のごとく本件指令は、アカハタ及びその後継紙等が日本の政党の合法的な機関紙ではなく国外の破壊勢力の道具であるという事実を証明しているということに立脚しているのであるから、立法問題としては要するに、思想乃至表現の自由の問題ではなく、むしろ一種の暴力である国外からの破壊活動そのものを内容としており、従つて国民の基本的権利に関する憲法19条、21条等違反の問題を生ずる余地のないこと明白である。
されば、これを憲法21条違反であるとの説は、前示指令の内容に全然副わない平穏無事な事実関係を想定しこれを前提とするもので、賛同できない。
占領目的阻害行為処罰令違反の内容をなす指令の解釈権は連合国最高司令官にあつたのであるから、原判決が本件
田中耕太郎、霜山精一、斎藤悠輔、本村善太郎平和のこえが、アカハタの後継紙であるか否かの認定権が、連合国最高司令官及び最高司令官の委任を受けた法務総裁に存し、日本の裁判所にこれと反する認定をなす権限は存しない旨の原判決の説示は正当である。
刑法6条は実体刑法上、犯罪行為時法を適用するのが当然であつて、新法を遡及適用すべきでない原則に対し、犯罪者に対する恩恵上一大例外を認めたものであるから、その立法趣旨に照しこれを狭く厳格に解すべく、広く類推して解釈すべきでないことはいうまでもない。
次に本件被告人は、その犯罪行為の時から少くとも昭和27年4月28日平和条約発効までの間、有罪であつたことについては裁判官全員一致の意見である。そして、真野、小谷、島、藤田、谷村、入江六裁判官の免訴説は、その余の裁判官の賛同しないところであり、また、井上、栗山、河村、小林四裁判官の免訴説は前記六裁判官の免訴説とその理由において相容れないものであつて、右四裁判官以外の裁判官の賛同しないところである。
齋藤悠輔
されば、右二個の免訴説は各独立した少数意見であつて、本件は合議の本質上、上告棄却の裁判あつたものと考えざるを得ない。
【補充意見】
以上の如く私たちの意見は、真野外五裁判官の意見と異なるのであるが、325号によつて、本件指令違反者を罰することは憲法違反であり、わが国独立後は許されざるに至つた(右六裁判官の意見は325号は全面的に適用されざるに至つたというのであるから、その中に本件の場合も含まれること勿論である)ものであつて、刑の廃止に準ずべきものとする点において、私たちの意見と前記六裁判官の意見とは同じであり、両者を合して、裁判所の多数意見となるものである。
井上登
真野裁判官の補足意見
棄却説では、刑罰法規の廃止があつても犯罪後の法令により、明示又は黙示ですでに発生した刑罰権を特に放棄する意思の表現がない限り、刑の廃止による免訴には当らないとするのである。
これに反しわたくしは、刑罰法規の廃止があれば明示又は黙示による反対規定がない限り、刑の廃止による免訴の規定が適用さるべきだと考えるのである。
刑法6条は、公平処罰の見地から被告人の利益のために、罪刑法定主義と密接な関係を有する行為時法主義(不遡及の原則)の一つの例外を定めたものである。
・・・その後日支事変、太平洋戦争の非常時下において、取締の目的を達成する便宜のため、限時法理論は学説及び判例に採り入れられ、相当放漫に流れて行つた感がする。
旧憲法下のことは知らないが、新憲法下における裁判所の真の使命は、そんな取締の目的を達成する便宜のために法を解釈し、又は刑法理論を構成することではなくして、たゞ法を適正に運用して、国民の基本的人権を擁護することに重点があるとわたくしは考えるのである。
真野毅裁判官